東京クラシックス読書会

東京・半蔵門で、文学作品を味わう読書会です

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

レポート:4/19(金)紫式部『源氏物語・宇治十帖』

『源氏物語』

2013年4月19日(金)19:30~21:00 「ジパング探訪シリーズ」(2)
■課題本:紫式部『源氏物語』(宇治十帖編のみ)
■参加者:6名(司会・JONYさんをのぞく)
■担当司会:天気読み

■内容としては・・・

まずはみなさんが「宇治十帖」に興味を持ったきっかけ、読んでみての感想などを伺い、そのあとで登場人物の薫、匂宮という二人の男性キャラクターに対する印象などを伺い、お題にそっての進行となりました。
(今回のお題は以下の2つでした)

①薫、匂宮の二人の男性にとって、浮舟という存在、彼女との関係はいったいどのような意味を持つものだったのでしょうか。

②大君、中の君、浮舟という三人の女性たちにとって、それぞれの人生の局面で「選ぶ」という行為はどのような意味、どのような価値をもつものだったと思いますか?

●様々な意見・感想が交わされる中で面白かったのが、本編の「源氏物語」との比較や、登場人物たちの関係性の読み替えでした。

→本編の女君たちがそれぞれに個性的で人間味あるキャラクターとして描かれているのに対して、宇治十帖の女君たちはどの人物も行動原理が分かりにくい。薫と匂宮の二人の男性も光源氏に比べると、女性に対する向き合い方が幼稚でエゴイスティックである。
さらに、どこか人工的にも感じられる各キャラクターの造形が、読み手が物語へ没入することをさまたげている。

→本編では出家の願いを遂げられなかった紫の上の代わりに、宇治十帖では浮舟が出家を果たす。そのことで、紫式部はあの時代の女の生き方の位相をひとつ底上げしたかったのではないだろうか、という指摘。

→本編「源氏物語」では、桐壷帝が死んだ愛姫の「形代(身代わり)」として別の女性を妻とするところから始まり、宇治十帖では最終的に浮舟という女性がある女の「形代」であるという役割を脱出して終わる、という物語の対称的な構造の面白さがある。

→一見すると宇治十帖の後半は、薫・匂宮・浮舟の三角関係のように捉えられがちであるが、見方を変えると「浮舟という玩具を媒介とした薫と匂宮の関係」「薫を中心として、それを取り巻くように登場人物たちの関心の濃淡が配されていた関係図」とも読み取れる。

■全体の雰囲気

ジパング探訪シリーズ第二弾は、マスター以外は司会も参加者もすべて女性という、いわば女子会のような空気の中で始まりました。
しかし、ひとつの意見に同調し合うような馴れ合いとは無縁の、丁々発止のやりとりが飛び交い、参加者それぞれの視点での「宇治十帖」論が語られる、非常に自由で実り多い時間となりました。
参加者の中には国文学を専門に学ばれた方もいらっしゃれば、まずはマンガから入門し、これから本格的に源氏物語を、というビギナーの方も多く、みなさんの作品との距離感がそれぞれ微妙に違っていたのが、かえって活発な議論につながったように思います。
おもしろく鋭く、それでいて各人それぞれの個性がにじんだ「宇治十帖」の在り方を、しばし垣間見ることのできた貴重な時間でした。
ご参加のみなさま、ありがとうございました。

(天気読み)

Comment[この記事へのコメント]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 現在非公開コメント投稿不可です。

Menu

プロフィール ▼

最新記事 ▼

最新トラックバック ▼

検索フォーム ▼

ブロとも申請フォーム ▼

QRコード ▼

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。