東京クラシックス読書会

東京・半蔵門で、文学作品を味わう読書会です

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レポート:5/31(金)テネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園』

2013年5月31日(金)19:30~21:00 
■課題本:テネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園』
■参加者:7名(司会・JONYさんをのぞく)
■担当司会:天気読み

■内容としては・・・
今回はクラシックス初の試みである「体験型読書会」ということで、会場であるキヨノをクラシックス版「ガラスの動物園」にアレンジさせていただき、会を進めました。

全体の流れとしては、作品の感想やテーマについて参加者全員で話し合うのと並行して、おひとりずつ、紗幕の向こう側にある「ガラスの動物園」を「見学」しに行っていただき、戻ってくる、という一連の動作を全員が行い、会の後半ではその「見学」体験について、感想を交わす時間へと移りました。
なお、お話の中で出てきた主な議題は以下のようなものが中心でした。

・テネシー・ウィリアムズの戯曲の特徴について。
→詳細に書き込まれたト書きや舞台装置についての説明によって、
各人の頭の中で一個の劇が理想的に上演されていく、という意見。
→戯曲の読み方に慣れていないと登場人物の心理や何が表現されているのか、
イメージができにくい、という意見。

・この戯曲の主人公は誰か。
・作品のテーマとなっているものは何か。
→ローラやアマンダのことを回想するトムの物語だ、という意見。
→登場人物や物語は小道具にすぎず、音や光、そして「追憶」こそが主人公なのだ、という意見。
→現代の日本の家庭にも置き換えが可能な、設定としては凡庸なものである、という意見。

■体験型「ガラスの動物園」についての紹介
(写真もご参照ください)

①クラシックス版「ガラスの動物園」は、参加者全員のいる赤いテーブルのエリアと、紗幕の向こう側にろうそくの明かりだけで浮かび上がる、「忘れ去られた過去」の世界とに分かれています。

②ほかの参加者たちと議論を交わしていた「現在」から、ひとり薄幕の向こう側、照明も落ち、ただ点々と並ぶろうそくと写真立てだけがある孤独な空間に移動することで、まず見学者は「現在」という場所から物理的にも、心理的にも、遠い遠いところへと隔てられます。

③さらに、ろうそくの明かりで浮かび上がる「忘れ去られた過去」の言葉を読み進むうちに、その行為そのものが「過去」と言葉を交わし、自分自身に内省的な感情を向けるような「追憶」そのものと化していきます。
歩きながら通路を進み、写真立てに向かって目を凝らす、という肉体的な行為が、いつしか目には見えないはずの心の中に自分の足で物理的に踏み込む、という抽象的な行為へとシフトしていきます。

④写真立ての中から語りかけてくる「忘れ去られた過去」は、見学者に向かって親しげに語りかけてきますが、それが具体的にどのような「過去」であったのか、見学者は思い出すことができませんし、それが誰にとっての「忘れ去られた過去なのか」も判然としません。
ただ、そのような「過去」があなたの心の中にもあるのだ、という漠然とした感覚だけが、まざまざと記憶され、そして、元いた場所、あなたの「現在」へと戻るよう、あなたを促して「過去」からのメッセージは終わります。

「ガラスの動物園」はテネシー・ウィリアムズが言葉だけで作り上げた、「追憶」という人間の心の作用の展開図なのでは、という個人的な感想から、今回こういった体験型の装置を作らせていただきました。

ご参加の皆様、最後までお付き合いくださり、そして様々な感想をお寄せ下さり、本当にありがとうございました。

(天気読み)

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